Tour report

天鼓のコンサートツアーレポート

グルジア・アルメニア公演レポート 2012年9月27日〜10月5日 グルジア・トビリシ/アルメニア・エレバン


私にとって二度目の海外公演となったこのツアー。
ハプニングだらけのこの公演レポートを書けて本当に嬉しい。
書きたいことが山のようにある、とにかくハチャメチャなツアーだった。

2012年9月末のこと。
ジョージアとアルメニアで行われるフェスティバルに出演するため、関西国際空港よりドーハ国際空港を経由し、20時間をかけてジョージアの首都トビリシにたどり着いた。
ジョージアは日本ではグルジアと呼んでいた国だが、これはロシア語に由来する呼び名で、2008年のジョージアとロシアとの武力衝突をきっかけに、日本でも英語読みのジョージアと改称された。

空港からバスに乗りホテルに向かうが、バスの運転が凄まじく怖い。
道路はクラクションが鳴りやまず、対向車線を逆走することもしばしばあった。
窓から眺めるトビリシは多文化の入り混じる独特の感じがした。
中世ヨーロッパのような…でも少しオリエンタルな香りもする街並みは想像以上に素敵で、これから始まるツアーへの期待が膨らんだ。

1時間以上にわたる恐怖のドライブを終えホテルに到着すると、おなじみの照明家Quintusがオランダから到着していた。
半年ぶりの再会に疲れも吹き飛んだ。
ホテルでは宿泊者に小さなワインボトルのプレゼントが…
ジョージアはワイン発祥の国だそうで、地元の人のワインに対する情熱が凄かったのも印象に残っていることの一つだ。

はやる気持ちを抑えられず、私たちはTbilisi International Festivalが開催されるシアターを見に行くことにした。
宮殿のような外観の素敵な劇場だった。

翌日は朝からリハーサルが始まった。
大きな木箱で空輸された楽器は無事劇場に到着していた。
リハーサルといっても、まずはバラバラに収納された楽器を組み立てる作業から。
その後ステージを使ってのリハーサルが始まるはずが、ここでハプニング発生。

照明機材トラブルにより4時間待ち。
音響機材は…いまから発注するとのこと。
俄然、海外公演らしさが出てきた。
何もしなくてもお腹は空くので食料調達に出掛けたり、出来る限りの準備をしたり、異文化交流にいそしんだり、とにかく待つのみだった。
1番下っ端だった私は先輩方の心配をよそに、このハプニングに少しわくわくしていた。

結局、音響機材が届いたのは21:00になる少し前の事だった。
能天気な私もさすがに疲れた頃、ようやくリハーサルが始まった。

リハーサル終了後、ジョージア人スタッフに連れられフェスティバル事務局の野外テラスに向かった。
賑やかな音楽の中たくさんの人がお酒を飲みながら楽しそうに集っていた。
出演者は無料でワイン飲み放題。
やはりワインへの情熱が半端ない国だと思う。
ワイン好きのメンバーが多いのでテンションは上がったが、次の日の本番に備えて早めに帰ることにした。

翌日の本番は大いに盛り上がり、スタンディングオベーションの中終えることができた。
劇場スタッフやボランティアスタッフも、おそらく初めて見るであろう和楽器に興味津々。
関心を持ってくれたことがとても嬉しくて感動してしまった。
ジョージアの人は楽しいこと好き。
陽気で明るくて関西人気質の人が多い気がして、とても仲良くなれた。

そしてその夜、ジョージア人のエカテリーナさんに連れられ訪れたレストランで、私たちは「ダイロンポー」との衝撃の出会いをはたす。

そのレストランでは、エカテリーナがいろいろなジョージア料理を説明しながら注文してくれた。
特にジョージアの人々が好んで食べるものがあるとの事で、「私達はいつも一人最低5個は食べるから」と一人5個の計算で注文してくれた。

最初の一皿が運ばれてきた。
大皿に肉まん級の大きさの小籠包が5個。これが一人前。
でっかい小籠包…大籠包との初対面だった。
こういう時、いつも天鼓メンバーは「残したら失礼スイッチ」が入る。
1番下っ端の私。天鼓メンバーとしての自覚が芽生えた瞬間だった。

※正しくは「大籠包」ではなく「ヒンガリ」というジョージアの伝統料理らしい。

食事のあと再び前日に訪れた野外テラスに出向いた。
私達に気付いて、どこからともなく拍手と歓声が起こった。
音楽の力・和太鼓のパワーを借りて世界と繋がれたような気持ちになった。
いうまでもなく、その夜はジョージアのワインを心ゆくまで楽しみ、最後は人種も性別も年齢も関係なく多くの人達が手を繋ぎ輪になって踊った。

次の朝、アルメニアに向かい出発した。
途中、牛の群れに道を阻まれ立ち往生するハプニングに見舞われつつも、無事国境を越え6時間ほどでアルメニアの首都エレバンに到着した。


このツアー中、なぜかメンバーが次々に鼻血をだすハプニングもあった。
私もそのうちの一人で、そのせいでこの日の夕飯を食べ損ねた。
みんなはアルメニア料理を楽しんだようで、牛の脳を使った料理があったと教えてもらった。
このツアー唯一の心残りとなったが、私はその夜ホテルの窓から1人で街を眺めた。
旧ソ連の文化を色濃く残すエレバンの街。
大きな石の建物にオレンジの光がキラキラ輝いていた。
その現実離れした美しい景色を脳裏に焼き付けながら、「エレバン」の発音を練習したことは密かな私の思い出になっている。

翌日は朝からリハーサルをして夜には本番があった。
HIGH FESTというフェスティバルで、ここでもたくさんのボランティアスタッフが助けてくれた。
アルメニアの劇場は石造りのとても古い劇場だった。
少し埃っぽくて木の床は歩くと軋んだ音がしていたけれど、歴史を感じるその佇まいにときめきと感動で胸が高鳴った。

親切なスタッフに素晴らしい劇場、やる気満々の私達。
ただ、一緒にジョージアを出発したはずの楽器がいつまでたっても来なかった。
税関で止められているとの知らせが届き、やはり信じて待つことしかできない私達は考えうる限りの準備をして待つことにした。

その待ち時間に、また新たなハプニングが発生した。
今回の公演の中でアルメニア民謡を演奏するシーンがあったのだが、用意してきた曲はアルメニア人の誰もが知らない曲だった事が判明。
急遽アルメニア人スタッフが教えてくれることになった。
英語の話せないアルメニア人のおじさんと、英語の話せない日本人の私が一台のピアノの前に座り、なんとか曲を教わった。
思いもよらぬ事態だったが、言葉を越え音楽で交流できた事はとても貴重な経験だったと思う。

結局、楽器が到着したのは開演の5時間前。
そこから楽器を立ち上げ、急ピッチでリハーサルを行い本番に備えた。

たくさんのスタッフの協力により、お客さんはとても喜んでくれたようだった。
アルメニアのテレビや新聞でも公演の盛り上がりが伝えられたほどだった。
急遽教えてもらったアルメニア民謡の反応も良くて少しホッとした。

公演後片付けをしていると、多くのスタッフが楽器を運び出す作業を手伝ってくれた。
私達が作業をしようとすると、俺たちがやるから手を出すなと怒られるほど熱心に作業に加わってくれた。
ここから再びグルジアに戻らなければならなかったが、また税関に引っかかる可能性があるとのことで話し合いがおこなわれた。
しかし、その話し合いの最中1人のおじさんが、「俺に任せとけー」と言わんばかりに楽器を乗せたトラックで走り去ってしまった。
笑うしかないほどのハチャメチャな展開。
どうしようもないので、おじさんを信じ私達もジョージアへ帰ることになった。

案の定楽器は税関で止められたようだったが、おじさんが頑張ってくれているとの事で
私達はのんびりと到着を待った。
6時間の待ち時間を経てトラックが到着した時、楽器を無事届けてくれたおじさんの横顔がなんだか凛々しく見えた。

空輸用の木箱に楽器を梱包し終え、私達はハプニングだらけのツアーから無事日本に帰国することができた。

日本に帰ってから1週間。
私達はまたもや楽器が届かないハプニングに見舞われていた。
グルジアの空港から出発出来ずにいるとのこと。
ようやく届くも4箱中2箱しかなく、結局全ての楽器が帰ってくるまでに2週間以上が経過した。

最後までハプニングだらけのバタバタツアーだったが、だからこそ強烈に記憶に残るものとなった。
少々のハプニングでも動じなくなったのは確実にこれらの経験の賜物だし、このように笑い話にできるのも、たくさんの人のお陰でコンサートが無事出来たこと・人も楽器も無事に帰ってこられたからだと思う。

そういえば、男性陣が行く前からしきりに言っていた「美人大国」の異名は紛れもない事実だった。
ジョージアもアルメニアも治安が良く、過ごしやすく、とにかく美しかった。
いつかまた行くことが出来たら、アルメニア料理とダイロンポーを必ず食べたいと思う。

小林杏里